寄稿・執筆

オルタナティブ投資の着眼点
(J-MONEYvol.53 2024年1月号)

  • <PE・PDはファンド間でパフォーマンスが二極化>

  • これまで長期にわたり続いてきた低金利環境から、欧米の金利水準の高まりと、円ヘッジコスト負担が重い世界へと転換を遂げてきているのが足元のマーケットだと考えている。これまでと少し様相が変わるため、大きなポートフォリオの見直しは必要ないにせよ、これまで機能していたプロダクトが機能しなくなる局面も出てくると思われる。

  • 例えば近年のオルタナティブ投資では、市場ベータをなるべく抑制し、アルファの積み上げでリスクを抑えながらコツコツとリターンを積み上げるようなヘッジファンド系プロダクトが、年金基金などの機関投資家のニーズをとらえて人気だった印象を受ける。そうしたプロダ クトの多くは期待リターンが4~5%程度であるが、足元のヘッジコストの高止まりを受けて、ヘッジコスト控除後のパフォーマンスが低迷しているケースが散見される。

  • ほかにも、海外不動産については厳しい局面が続いており、回復には時間を要する見通しだ。さらに金利負担の増加によってダメージを被る企業が増えてくるとすれば、プライベートエクイティやプライベートクレジットなどについては、マネージャーの目利き力やパフォーマンス悪化時の対応力が試される環境となるだろう。ファンド間のパフォーマンスの明暗が従来以上にはっきり分かれる展開が予想される。

  • ちなみに、グローバルな金利上昇を受けて、伝統的な債券を中心にパブリック資産のベース利回りが拡大している。それに対し、流動性リスクを抱えるオルタナティブ投資の相対的な投資妙味が低下してきている向きは確かにあるだろう。ただし、だからといってオルタナティブ投資の将来性に不安を抱いて、投資をストップする必要はないと考えている。特に、クローズドエンド型のファンドでは、既存ファンドの残高の積み上がりを受けて、新たなヴィンテージの採用をいったんストップしようか迷うとの声も聞くが、当初の運用戦略通りオルタナティブ資産へのエクスポージャーを維持できなくなるほうが痛手になる可能性が高い。

  • そもそもオルタナティブ投資は長期目線の運用計画に従って投資することが一番効果的だ。低金利環境で必要以上にポートフォリオ全体の低流動性資産の割合を高めてしまったという状況でない限りは、オルタナティブ資産ポートフォリオについても大きな見直しを行う必要性は薄いのではないか。投資家側のノウハウも蓄積してきた中で、プライベート資産は引き続き、収益源泉や分散投資先として重要な選択肢であり続けるとみている。

  • <ディストレストを含む戦略で景気後退に備える>

  • とはいえ足元の市場環境の変化がオルタナティブ資産の各アセットクラスに不確実性をもたらしていることも確かだ。前述のように金利上昇の逆風が海外不動産投資に顕著に表れているのとは対照的に、例えばインフラ投資はデット・エクイティともに非常に安定したパフォーマンスを発揮している。不動産ほど汎用性がないことから、資産価格がマーケットに振られなかったことも安定感に繋がっているのだろう。またインフラ資産の売り文句であった「インフレ耐性」が実際に機能していたことも好感が持たれている。

  • ただし、不動産の中でも国内の私募REIT(不動産投資信託)などは、国内の不動産市場に変調の兆しがあるなかでも、比較的優良な案件が組み入れられているため、すぐに何らかのリスクが顕在化するとは考えづらい。一方で、ここまで非常に堅実なパフォーマンスで推移し てきただけに、調整局面が訪れる可能性も頭に入れておきたい。

  • 市場環境を追い風と捉える観点では、ヘッジファンドの中でも、グローバルマクロなどディレクショナルな戦略やディストレスト戦略のように、今後のマクロ環境のリスクシナリオを収益源泉にできる戦略は、今が仕込み時かもしれない。特に景気後退リスクを一定程度見込むのであれば、直接ディストレストファンドに投資するハードルは高くとも、ディストレスト戦略を一部含むような運用戦略へのアロケーションは検討に値しよう。

  • 近年日本の投資家の足が遠のいていたCAT(カタストロフ)ボンドも、金融引締め等の影響からリスク対比のスプレッド水準が厚みを帯びてきた。もちろん自然災害リスクを許容できる前提だが、相応のインカム収入と他資産との低相関という点で注目できるだろう。

  • なお為替リスクのコントロールは引き続き課題だ。為替はファンダメンタルズに関係なく一方向に動くことがあるので、円高リスクは常に想定しておく必要がある。ヘッジコストとの見合いにはなるが、為替リスクの適切な管理が望まれる。

年金運用コンサルティング部 シニアコンサルタント 前田知則

欧州クレジットロングショート戦略の魅力と選定アイデア
(オル・インvol.70 12月号)

  • 世界的なインフレに伴い金融緩和期は終わりを迎え、世界各国の金利政策は金融引き締め期に移行した。これにより、抑制されてきたクレジット市場のボラティリティは拡大傾向にある。こうした環境下、大和ファンド・コンサルティング(以下、DFC)はロング・ショート双方向からアルファを獲得可能なクレジットロング・ショート(以下、CLS)戦略に注目している。CLSの主要市場は米国であるが、今回は欧州におけるCLS戦略を取り上げる。

  • 欧州社債市場は米国に比べ、相対的には未発達であり、リサーチも薄く、非効率な価格形成が確認できる。欧州ではCLS戦略を専門にするマネジャーは、相対的に少ない。欧州市場がユーロという通貨によって統合された一方で、構成国間で異なる複雑で分断された法制度が存在するためである。このため、情報優位に立とうとすると、各国のローカルな専門知識が要求されることになる。しかし、この参入障壁を乗り越えたマネジャーは、欧州社債市場の非効率 性から収益機会を得る可能性がある。

  • CLS戦略は、ロングオンリーのクレジットと異なり、キャリーやロールダウンを主な収益源泉としない。独自のクレジット分析に基づく価格 評価と市場価格の乖離を、ロング・ショート双方向から収益機会とし、トータルリターンの実現を目指す。そしてホライズンやカタリスト等を分散しながら、図表に示すような複数の戦略を組み合わせ、ポートフォリオを構築する。

  • こうした運用を行うマネジャーを選定する場合の具体的な調査の観点について紹介する。一点目は、実績に基づく運用者の能力である。単にパフォーマンスが良好であるだけでなく、市場サイクルを熟知したチームであるか、想定外のイベントにより銘柄選択が失敗した際のリストラクチャリング手法に信頼性があるか、収益機会の発掘に必要なリソースは十分か、といった点が重要となる。いずれも具体的な投資事例を通して、その再現性を確認することが望ましい。二点目は、取引および調達能力である。債券は相対取引が中心であるため、ブローカーや証券会社との強い取引基盤がある場合、有利な条件での運用が可能となる。三点目はポートフォリオとリスク管理システムの独自性、有効性である。DFCの調査によると、多くのマネジャーが、「既製の」システムを購入するのではなく、独自のポートフォリオ管理およびリスク管理システムを「所有する」ことに重点を置いていることが確認できた。マネジャーのこうしたリスク管理システムに対する取り 組みとその有効性は、マネジャー評価の重要なトピックと考えている。

  • こうした調査により良好なパフォーマンスの再現性が高いマネジャーを見極めることができれば、欧州CLS戦略は魅力的な投資となろう。

ファンド調査部 グローバルリサーチ マネージングディレクター マイリグ・ウィリアムズ

景気サイクル終盤のクレジットファンド選定
(オルイン別冊 ニュー・プロップ Vol.19 11月号)

  • ヘッジコストが6%近傍となる中、為替ヘッジ後でインカム収益を確保するためには、実物資産のエクイティやCATボンドを別とすれば、相応のクレジットリスクを取ることが必要 になると考えられる。足元では米国経済の先行きに楽観的な見方が主流との印象を受けるが、将来的な景気後退を示唆するとされる米国長短金利差(10年-3カ月)はマイナス化して久しい。図1は、米国の長短金利差(10年-3カ月)のマイナスが3カ月連続で続いた時点の翌月から利下げが完了した月までの期間を景気警戒局面(青色)、利下げ完了月の翌月から12カ月間を回復期待局面(赤色)として示した。直近では、2022年12月末以降、「青色」が点灯している。

  • 図2では、代表的な米国クレジットファンド(投資適格社債、ハイイールド社債、バンクローン)のパフォーマンスを局面別に示した。前回の景気警戒局面は2020年3月のコロナショックと重なり、クレジットファンドは大きく調整した。しかし、その後の回復期待局面ではFRBの社債買入プログラムの追い風を受けた投資適格社債やハイイールド社債はもとより、バンクローンファンドも下落幅を上回る回復を見せている。米国の大規模な金融財政政策に後押しされた面はあるが、優れた運用者を選定 すれば景気後退局面の下方リスクを上回る回復を中期的に期待できることを示唆している。

  • このように景気サイクル局面によるダウンサイドとアップサイドを可視化することにより、中長期的に収益を追求することが可能となるだろう。この点は、プライベート・デットファンドも同様と考える。コロナショックが発生した2020年3月に一部のプライベートデット・デットファンドでは監査法人から市場変動要因を織り込んだ評価方法の構築を求められ、ドローダウンが発生した。ファンドレベルのレバレッジがマイナス要因となったが、保有銘柄のファンダメンタルズが比較的良好であったため、その後は緩やかに回復した。
  • 景気サイクルの終盤でのクレジットファンド選定に際して特に重要な点は、①ポートフォリオの財務健全性やファンドレベルのレバレッジの水準を考慮し、リスクに見合う収益性が中長期的に期待できること、②十分に分散されたポートフォリオにより信用収縮局面に十分耐えられること、③優れた運用力と説明力を有する運用会社を採用することの3点 と筆者は考える。

年金運用コンサルティング部 部長 三吉康雄

金利上昇局面の不動産・インフラファンド比較
(オル・インvol.69 9月号)

  • 各種アンケート結果によると、安定的なインカムゲインの獲が見込める資産は、年金投資家にとって引き続き投資ニーズが高い。その中で、実物資産への投資を行う不動産とインフラを取り上げ、その特徴を比較した。

  • ファンドのパフォーマンスに影響を与える各資産の個別要因として、2020年のコロナ禍以降では、不動産は投資セクター(オフィス、住居、物流施設等)の選定、インフラは採用する契約形態(長期固定契約型、規制型、景気連動型等)等が目立った。2022年の金利上昇局面では、金利感応度がパフォーマンスを左右する共通要因となったが、その影響度合いに各資産の違いが表れた。背景の1つに、資産価値の算定方法があったと想定する。

  • 両資産に共通して用いられる資産価値の算定方法に、DCF(ディスカウント・キャッシュフロー)法が挙げられる。将来キャッシュフローを、ディスカウントレートで割り引いて現在の資産価値を算定する方法である。ディスカウントレートは、米国10年国債利回りといったリスクフリーレートと、各資産の内容を加味したリスクプレミアム等から構成される。

  • インフラは、計算式の分子となる将来キャッシュフローの数値に20~30年の超長期の数値を用い、リスクフリーレートには、過去10年の米国10年国債利回りの平均値を用いる傾向にある。そのため、収益状況も金利環境も足元の水準の反映は限定的となる。

  • 一方、不動産は分子となる数値を10年分の将来キャッシュフローと11年目のターミナルバリューとし、リスクフリーレートも過去平均ではなく、足元の金利を用いる傾向にある。そのため、収益状況も金利環境も足元の水準が色濃く反映される。

  • この背景として、不動産評価額は、現在売買されるであろう市場価格を求めることを目指していることが想定される。買い手にとって重要なポイントは、この物件を買った現時点に得られる「今後の」キャッシュフロー水準である。よって、基本的には現在とその先の金利水準が基になると考えられる。

  • 不動産ファンドの中には、資産の取得や譲渡金額に対して報酬が設定される場合もあり、適時の物件売買に運用会社の付加価値が期待されている事例と言える。

  • 2022年の金利上昇局面において、特に海外不動産はパフォーマンスの低下が顕著に表れた。一方、金利が安定していた2020年、2021年では、不動産がインフラを上回るパフォーマンスを示した局面が見られた。不動産とインフラの特徴を押さえた上で、足元のパフォーマンスに一喜一憂せず、投資対象の選定や分散、投資後のモニタリングを実施していく必要がある。

ファンド調査部 シニアアナリスト 森田浩平

「プライベート・アセットの民主化」その課題と魅力
(オル・インvol.68 6月号)

  • プライベート・アセット(PA)の民主化」という言葉を聞くようになった。これは、大手機関投資家主体であったPAファンドが、小規模な機関投資家、富裕層さらに個人を含む小口投資家に提供され、裾野が拡がることを意味している。

  • 民主化をうたうファンドが行っていることは主に2点、オープンエンド化と小口化だ。背景に、従来型のクローズドエンドPAは投資のハードルが高いことが挙げられる。数年おきしかないファンドの募集情報をキャッチして投資の意思決定を行い、投資後は10年など長期のロックアップに耐え、投資開始時に存在しないポートフォリオが徐々に構築される間のJカーブを容認する、ということが必要になる。また、投資単位は一般的に数億円と多額になる。

  • これに対し、オープンエンド化で、①無期限で募集・運用、②月次や四半期で投資・解約が可能、③投資開始時にポートフォリオが存在することが多く、Jカーブなしにフルインベストメントできる、ということになり、投資のハードルは下がる。さらに、小口化で投資単位が数千万円以下に低下し、投資家の間口も広がる。これが民主化という言葉の背景だ。

  • ただし、オープンエンドスキームは万能ではない。投資先は流動性が低い(未公開企業、不動産、インフラ等)ため、オープンエンドは時にワークしない。例えば、解約対応には複数のパターンがある(図)。ファンドへの資金のインフローとアウトフローのマッチング、借り入れ、キャッシュや流動性商品の保有、ファンドが生み出すキャッシュフローによる 対応、運用会社による買い取りなどだ。これらは、①インフローとアウトフローがマッチングしないと解約ができない、もしくは解約上限により一部解約しかできない、②借り入れにコストやリスクが伴う、③流動性のある商品を保有するとリターンが希薄化したり、流動性商品のパフォーマンスの影響を受ける、④ファンドが生み出すキャッシュフローが解約資金に回ると残った投資家が得られるリターンが減少する。それを回避するために解約投資家を分別管理すると運用会社の負荷が高まり、為替ヘッジ等の対応も困難になる、⑤運用会社による買い取りには限界がある、などの課題を抱える。

  • また、定期的に設定・解約をするためクローズドエンドPAよりも高頻度でNAV(純資産総額)を算出すると、上場市場の価格を参照することになり、上場市場と連動性が高まることもある。これらの結果、クローズドエンドPAで得られる「流動性プレミアム」が低下する可能性もある。さらに、総じてオープンエンドPAは歴史が短いため、金融危機のように解約が殺到するストレス局面を経験していないケースがある点も留意が必要だ。

  • とはいえ、オープンエンドPAは「最初から完成したポートフォリオに投資できる」、小口化により「少額で投資ができる」という点は、クローズドエンドPAと異なり、大きな魅力といえる。中でも、オープンエンドの魅力を最大限に活用するには、「投資時にポートフォリオが完成しているか」、「ポートフォリオ維持に必要な案件の継続発掘ができるか」がポイントであろう。つまり、強力な案件発掘力のある運用会社によるファンドを選別することが必要と考える。

  • 「PAの民主化」の背景にある魅力と課題を理解した上で、ファンドを多面的に精査し、判断することが重要だ。

ファンド調査部長 今福明子

債券アンコンストレインド運用を再考する
(オル・インvol.67 3月号)

  • 2021年にはコロナショック以前の水準を回復しつつあった金利が、翌2022年からは上昇スピードを加速させた。この煽りを受け、さまざまな債券セクターにおいてパフォーマンスが軟調に推移したことから、多くの債券投資家が運用難に直面している。この状況下、投資家の関心があると思われる債券アンコンストレインド運用(以下、債券アンコン)の運用状況を再検討した。柔軟なポジション変更などにより、一定の解決策を提示している可能性があるからである。

  • 当社でカバーする債券アンコンのファンド群を対象に、2022年初来の運用状況を確認した。データ回収タイミングの関係上、9月末までの月次投資収益率データを使用した。対象ファンド群は、国内系5本、外資系8本から構成される。9カ月間通期のパフォーマンスを集計し(円ヘッジ)、Bloombergグローバル総合インデックスとの比較を行った。各ファンドともにパフォーマンスはマイナスという結果に至ったものの、インデックス対比での下落幅は概ね軽微であった。

  • 次に、四半期ベースでパフォーマンスを集計した。各ファンドともにマイナスという結果には変わりはない。しかし、各ファンドのボラティリティ水準(以下、ボラ)を考慮して分析したところ、いくつかの事実が確認された。ボラが高位であるファンド群は当然のごとく、相対的に大きい下落幅を計上した。個別のファンドとしては、特徴的なインフレ見通しや新興国資産の保有により、1~3月に極端な下落幅を計上したものの、その後は回復傾向にある外資系ファンドが存在する。

  • 一方で、ボラが低位であるファンド群を中心に、国内系ファンドが存在するが、これらは日本債券に多くを配分する傾向にある。結果、パフォーマンスの下落幅は相対的に軽微であった。ただし、これらのリスク/リターン比は相対的に低い水準を示した。個別ファンドとしては、長いデュレーションを持つと同時にスプレッドを持ち合わせる投資適格社債セクターに対し、配分を機動的に落とすことで、金利上昇/スプレッド拡大の影響を緩和した外資系ファンドが存在する。加えて、このファンドは広範な投資対象を持つ債券アンコンとしての利点を活かし、変動金利セクターであるCLOを組み入れることで、金利上昇リスクを緩和していた。

  • 個別ファンドの運用状況を踏まえると、市場局面への対応方法はファンドによってさまざまであることから、投資家サイドにおけるデューデリジェンスが重要である。具体的には、リスクが高まる局面での対応方法をヒアリングし、それが合理的な方法であるのかを判断する。そして、過去のリスク局面において、どのように執行されているのかを確認することが重要である。

ファンド調査部 シニアアナリスト 丸山英昭

2023年、年金投資家が注目すべき5つのポイント
(オル・インvol.66 12月号)

  • 市場関係者にとって2022年という年は、金融政策の転換を背景とした金利上昇に苦慮した1年であったと記憶に残る年になるだろう。コロナ禍からの回復によるリスクオン相場から一転、2022年は米国をはじめとした主要国の金融政策動向をうかがう神経質な展開が続いた。その結果、市場のニュースフローや要人発言に市場が過度に反応する変動性の高い市場環境であった。近年例を見ない市場変動性の高さは、市場の不確実性に対する投資家心理の現れともいえよう。

  • さて、来る2023年の市場環境を見据えた上で、年金投資家が注目すべきポイントは①主要中央銀行の金融政策動向、②資産間の連動性、③低流動性資産の活用、④一般勘定の予定利率動向、⑤ESG投資に集約することが出来ると考える。

  • 近年において、2022年ほど主要中央銀行の金融政策動向に注目が集まった1年はなかったのではないか。現下、米国では利上げ速度の低下が示唆されているが、金融政策動向が市場に与える影響度は2023年になっても変わらないか、むしろリセッションへの警戒感から、より注目を集めることになろう。金融政策の動向とその影響の把握は、来年も投資家にとっての最重要課題であることに変わりない。また、2023年度においては日本における金融政策の変化の可能性にも付言したい。

  • 資産間の連動性に生じた変化は、特に今年に入って実感している投資家も多いと思う。特に、伝統資産において国内債券とその他3資産の相関係数は上昇傾向にあり、直近1年間のNOMURA-BPI総合とTOPIX配当込のリターンの相関係数はおよそ0.7と、統計的には強い相関関係にあるといえる水準まで上昇している。その背景には現在の市場が金利の方向性により決定づけられていることが考えられる。金融引き締めによる金利先高観から債券価格が低下する一方、景気後退懸念から株式も売られていること等がその背景にあろう。

  • 多くの投資家が市場変動性の上昇や伝統資産間の分散効果の低下を意識する環境下、これらの影響を回避する手段として、安定的な絶対収益獲得のニーズが高まることは必然といえよう。

  • その具体的な手段としては低流動性資産や一般勘定が挙げられるが、前者については流動性の許容度や商品性・投資スキームに対する深い理解が必要不可欠であろう。また、クローズド・エンド・ファンドの場合はビンテージラダー・ポートフォリオの構築等、長期的な投資計画も求められることから、十分な計画性と商品に対する知見が求められる。一方、後者については長年にわたり年金資産における絶対収益獲得の主要な手段であったが、予定利率の引き下げにより投資計画の修正を余儀なくされている投資家も少なからず存在するのではないか。現在は一部の生命保険会社に留まるが、予定利率の引き下げの動きはいずれ拡大するであろう。しかし、一般勘定はリターンが保証された安定資産であることに変わりはない。より安定的な運用目標達成のために、一般勘定を効果的に活用する運用体制の検討が求められよう。

  • また、ESG投資に対する関心は、資産クラスを問わず今後も市場関係者の関心を集めることが予想される。現下、商品の供給が先行している感はあるが、ESGの観点による投資が付加価値の源泉になることが定量的に示される手法、戦略が体系化されることで、投資家への普及もより一段と進むことになろう。

  • 2022年は金融政策の転換がもたらす不透明感に翻弄された1年であったが、2023年には不透明感が払拭され、投資家によって実り多き年となることを祈念したい。

年金運用コンサルティング部長 髙橋 知宏

債券レラティブバリュー戦略の動向
(オル・インvol.65 2022年秋号)

  • 日本の年金の投資動向を調査する最近の各種アンケート結果によると、ヘッジファンド戦略別の採用数および満足度ランキングにおいて、債券レラティブバリュー(以下、RV)は上位を維持し、投資家からの人気の高い戦略の1つであることが窺える。債券RVの人気は伝統的資産との相関が低いことや、長期にわたり安定的な収益を獲得してきたマネジャーが存在していることなどが背景であろう。ただし、足もとのパフォーマンスは、マネジャー間でプラスリターンを獲得しているケースとそうでないケースとで二極化が起きている。この背景は何であろうか?

  • 従前、債券RVは現物先物RVなど、市場の需給要因によって一時的に発生する価格の歪みを見つけ、それが平均回帰する過程を投資機会として捉え、金利の方向性の変化は原則ヘッジする戦略のみで構成することが多かった。しかし、先進各国の中央銀行の金融緩和政策の転換などを背景に、金利のボラティリティが高 位で推移し、割高(安)がより割高(安)になり平均回帰が発生しづらい中、以前と比べるとリターンを獲得することが難しくなってきた。このため、体制および運用手法を拡充し収益源泉の多様化を図るマネジャーが増えている。もっとも、どこまで取引手法を拡大するかはマネジャーによって異なる。リスクヘッジの高度化までに留め、金利の市場の方向性にベットしない範囲で拡大するケースもあれば、金利の方向性に大きくベットするグローバルマクロ戦略のような取引にまで拡大するケースもある。ここでは前者を伝統的債券RV、後者をマルチ債券RVと呼ぶことにする。両分類の主な取引手法例については以下の通り(図)。

  • 足元では、短期金利の上昇やイールドカーブのフラット化、インフレ期待ポジションなどが奏功し、マルチ債券RVの方が比較的高いリターンを獲得する傾向にある。債券RVのマネジャー間のパフォーマンスの二極化の要因はまさにこの伝統的債券RVかマルチ債券RVかの違いによるところが大きい。しかし、マルチ 債券RVの主な収益源泉は市場の方向性にベットするグローバルマクロ戦略であることが多く、もしマネジャーの想定とは逆方向に市場が動いた場合、一転して厳しいパフォーマンスとなる可能性がある。

  • 一言で債券RVといってもマネジャーによって収益源泉の多様化が進んでいる。そのため、債券RVのマネジャーを選定する際は、パフォーマンスだけではなく改めて運用手法の構成内容を確認する必要があろう。

ファンド調査部 シニアアナリスト 矢口 徹

運用手法別に見たマルチアセット戦略
(オル・インvol.64 2022年夏号)

  • マルチアセット戦略は、株式や債券、オルタナティブ資産も含めた多様な資産に対する分散投資、あるいは資産配分の機動的な調整により、目標リスク等の制約の下でリターンを追求する戦略である。投資先の資産や運用手法が戦略ごとに異なり、さまざまな目的やリスク・リターンの戦略が存在するため、多様な投資家のニーズに応えることができる。マルチアセットの運用手法は大きく分けて、資産配分の策定・調整において①人間の定性的な判断が介入するジャッジメンタル運用、②クオンツ等の手法を使用して定性的な判断が入らないルールベース運用の大きく2種類である。

  • まず、マルチアセット戦略のユニバースとしてeVestmentを利用し、ジャッジメンタル運用とルールベース運用に分類した結果をみた。それぞれの月次リターンの中央値と、指数化した月次リターンを図表に示す。ジャッジメンタル運用はルールベース運用に比べて、2020年2月~3月や2021年11月といったコロナショックに起因する市場の下落時にパフォーマンスの悪化幅が大きい。ただし、その後の上昇相場でルールベース運用より大きいリターンを獲得している。

  • しかし、個別ファンドを詳細に分析すると必ずしもユニバースと同じ結果とはならない。ジャッジメンタル運用の中には、市場の先行きを見据えた機動的な資産配分変更を行ったことが奏功し、コロナショックを含む2020年~2021年でも比較的安定的なリターンを達成した戦略が見られる。ルールベース運用でも、2020年2月~3月の下落幅がジャッジメンタル運用より大きい戦略もある。

  • 以上により、ジャッジメンタル運用とルールベース運用を全体として見た場合、パフォーマンスに一定の傾向は見られるものの、個別戦略はその傾向と異なるケースがあるといえる。単純にジャッジメンタル運用かルールベース運用かという区分のみで優劣を判断するのは難しい。

  • ここから、マルチアセット戦略は個別戦略をボトムアップで見て選別することが非常に重要であるといえる。例えばジャッジメンタル運用では市場の先行きを見据えた柔軟な投資判断が行われているかを見ることが重要であり、ルールベース運用では必要に応じたモデルの改良が行われているかが重要であろう。また、両戦略ともに、投資アイディアや資産の多様性、組入れ資産間の分散等を意識して個別戦略の選定を行うことが必要であると考える。

ファンド調査部 アナリスト 丸畠 遼太郎

運用会社によって異なるESGインテグレーション手法
(オル・インvol.63 2022年春号)

  • 株式や債券の運用で、ESGの要素を投資の意思決定プロセスに組み込む「ESGインテグレーション」の手法が拡大している。しかし、ESGインテグレーションといっても定義が幅広く、その実態が見えにくい。運用会社はどのようにESGの要素を投資プロセスに組み込んでいるのだろうか。各社の投資プロセスを 見ると、上流(ユニバース選定)、中流(銘柄分析)、最終段階(投資実行)のどの領域でESG要素を活用しているかによって、運用会社のESGに対する取り組み度合いの深さに違いが出ているようだ。

  • 投資プロセスの上流で組み込まれている場合、主に投資ユニバースの決定や、スクリーニングなどに用いられる。個別企業のESG評価を行い、ESGスコアの高い銘柄によるユニバースの絞り込みや、逆にESGリスクの高い銘柄の除外などが行われる。ESGスコアについては外部の評価機関からデータを取得して、各社の基準や分析を加味した独自のスコアを付与することが多い。ギャンブルや武器製造などの事業を展開する企業を投資対象から除外する単純なネガティブ・スクリーニングのみを行うファンドは、もはや欧州ではESGファンドとはみなされなくなっており、ESGインテグレーションを行うファンドとしては物足りないといえる。

  • 投資プロセスの中流で組み込まれている場合は、主にアナリストによる企業価値評価などの銘柄分析で活用されていることが多い。銘柄分析 にあたっては、アナリストの定性的な分析だけではなく、先述の定量的なESGスコアと組み合わせて行われるケースもある。温室効果ガスの排出量削減への取り組みやガバナンス強化などの非財務情報を、業績予想や同業他社比較を基に企業価値評価に組み込んでおり、評価方法は各社によって異なっている。ESG要素は10年後などの遠い将来の企業業績に影響することもあるため、短期的にはアナリストの企業価値評価と市場の評価が乖離する可能性があるが、 銘柄分析におけるESG評価の組み込みは各社が試行錯誤しながらも差別化を図る重要な箇所である。

  • 投資プロセスの最終段階で組み込まれる場合は、主にファンドマネジャーのESG評価による銘柄選択やウエイト配分などに用いられる。ESGインテグレーションは、投資プロセスの後期に行くにつれて、ファンドマネジャーのESG評価への判断が加わり、投資の意思決定に深く影響すると考える。既存のファンダメンタルズ分析に加えてESGの要素を投資判断にどのように加味するのか、マネジャーの力量が問われる一番のポイントでもある。企業のビジネスモ デルがESGの重要課題をどれだけ解決できるかを評価するマネジャーもいれば、経営陣のESGへの取り組み姿勢を評価するマネジャーもおり、その視点もさまざまである。

  • エンゲージメントを行うファンドの場合、ESGインテグレーションとして投資プロセスの後期に配置する運用会社もある。ESG課題を企業と共有し、解決策を提示することで企業価値を向上させることを目的としている。

  • 投資プロセスの領域ごとのESG要素の活用方法をみてきたが、上流・中流・最終のすべての段階でESG要素が組み込まれているファンドもあり、これがESGインテグレーションを標榜するファンドが目指す形であると考える。ESG要素の組み込み方法はさまざまであるが、投資プロセスのどの段階でどの程度組み込んでいるかを確認することで各社のESGに対する取り組み度合いの深さを測る目安となるだろう。

ファンド調査部 シニアアナリスト 後藤 丈

人気化するマルチストラテジー戦略~落とし穴を避けるには~
(オル・インvol.62 2021年冬号)

  • コロナショック等の影響で相場が混乱した2020年のヘッジファンド業界では、歴史的なドローダウンを記録したファンドが散見された。そのような環境下でも安定的なパフォーマンスを維持したマルチストラテジー戦略の注目度が上がり、2020年7月~2021年7月の資金流入は200億ドルを超える(出所:Eurekahedge)など、関心を示す投資家が増えている。複数のサブ戦略への分散投資や、サブ戦略間の相互補完など、期待される機能を発揮したことで、Eurekahedge Multi-Strategy HedgeFund Indexは2020年が約8%、2021年1~9月は約6%のプラスリターンとなった。

  • マルチストラテジー戦略は、パフォーマンス面では魅力的なファンドが存在することは事実だが、単独のヘッジファンド戦略と比べて運用内容が複雑なことが多い点には注意が必要である。一例として、2020年3月の単月で ▲ 20%以上の記録的なドローダウンとなったファンドもあり、それまでは月次リターン±2%前後のレンジで安定リターンを中長期的に維持していた状況から一転し、想定外の大幅なドローダウンに困惑する投資家も多かった。

  • また、複数のサブ戦略で運用するため、ポートフォリオ全体のポジション数が膨大になることが多く、運用会社が全ての個別ポジションを開示することは現実的ではない。投資家 が把握できる運用内容に限界があることに加え、上述のドローダウンのように運用会社でさえも事前に把握できなかったポジションのリスクが後から判明することもあり、単独の ヘッジファンド戦略と比較してブラックボックスの部分が多い。そのため、外部からの分析の難易度が高い点が「落とし穴」になりうると認識しておく必要がある。特にプラッ トフォーム型のファンドでは、パフォーマンスが悪化した運用チームを定期的に入れ替えるため、それに伴いポートフォリオの内容が変化することが、ファンド分析の難易度を 高める要因でもある。

  • 従って、マルチストラテジー戦略と単独のヘッジファンド戦略では、チェックポイントが異なる点を理解することが重要である。主なチェックポイントとしては、サブ戦略間の 相関、機動的なサブ戦略配分の有無、新規マネジャーの採用能力などが挙げられる。各サブ戦略が低相関、もしくは逆相関となるようにポートフォリオ全体が構築されているかを 確認することが重要である。サブ戦略間の相関が低く、十分に分散されたポートフォリオであれば、市場環境に左右されない安定リターンを期待することが可能である。また、想定外のドローダウンを回避するため、運用会社がどの程度のテールリスクを前提としてストレステストを行っているか等の確認も重要である。以上のことから、マルチストラテジー戦略の選定の際には、運用内容が複雑なことが多い点を理解した上で、特有のチェックポイントを踏まえたファンド評価が必要と考える。

ファンド調査部 シニアアナリスト 堀内 隆史

社会課題解決に取り組むインフラ・インパクト投資
(オル・インvol.61 2021年秋号)

  • インフラ投資は、主にインフラ資産の利用料収入を基にした長期的に安定したキャッシュフローが見込まれる重要な資産の1つである。国内年金によるインフラ投資への関心は、各種アンケート調査でも引き続き高い。

  • インフラ投資において、経済的なリターン獲得を目的としながらも、世の中が抱えているさまざまな問題に焦点を当てた投資対象への広がりが見られる。例えば、脱炭素化に向けて化石燃料から太陽光や風力、水力等を利用した発電の促進を目指す再生可能エネルギー投資や、木材や食糧等の生活必需性の高い生産物に対する需要の増加への対応を目指す森林農地投資、気候変動や不平等といったグローバルの社会課題の解決に対応する新しいインフラ投資等の提供である。その中で、今、関心が高まりつつあるのがインパクト投資である。既に国内でも商品の提供・ 企画等の新たな取り組みが始まっている。

  • インパクト投資を定義すると、経済的なリターン獲得とともに、社会的・環境的にポジティブで測定可能なインパクトを生み出すことを意図する投資であり、特徴はインパクトの測定と開示である。測定の対象は各案件によって重要なKPI項目として設定され、例えば、温室効果ガスの削減量や再生可能エネルギーの創出量、汚染物質や廃棄物の削減量等が挙げられる。運用会社内では、専門の委員会が設置されてモニタリングが行われ、投資家に対しては定期的に測定した数値等のインパクトに関する開示が行われる。最近では、インパクト投資で得られた結果を金銭に換算することでリターンを測定する試みも始まっている。

  • 現在のインパクト投資は、社会的・環境的インパクトに加えて、インフラ投資として十分な経済的リターン獲得の両立を目指している。そのため、経済的リターンの追求が必要とされる年金基金にとっても、投資対象の1つとして検討に値するであろう。また、最近は名ばかりで内実を伴わないESG(環境・社会・企業統治)投資が問題視されるようになっており、社会的・環境的な貢献度を測定・開示するインパクト投資は、今後、インフラ投資の1つと して関心が高まっていくのではないかと考える。

ファンド調査部 シニアアナリスト 森田 浩平

コロナショックが不動産投資に与えた影響
(オル・インvol.60 2021年夏号)

  • コロナショックは不動産投資にさまざまな影響を与えた。具体的には、短期的な「外出規制要因」と長期的な「社会構造変化要因」とがある。「外出規制要因」は都市閉鎖や外出・店舗の営業自粛といった政府等による外出規制によるものである。強制力があるものの、期間としては2~3年程度の期間限定であることが想定される。一方、「社会 構造変化要因」は、テレワークやEコマースの浸透など、以前から存在していたが、コロナショックがトリガーとなり、一気に進行速度が上がったものである。

  • 今後、「外出規制要因」は規制が解除されると、全セクターに一定のポジティブな影響が見込まれる。ただ、長期的には一度認識されたリモートワークのような利便性が完全 に元の状況に戻ることはないと思われ、「社会構造変化要因」により、セクター別の明暗が分かれる状況が続くことが予想される。各セクターに与える影響を図にまとめた。

  • 総合すると、現時点では不動産投資はコロナによりネガティブな影響を受けている。投資家はパフォーマンス面で不満は持っているのは間違いないであろう。一方で世界的な低金利環境の継続によって国債を中心とした債券投資での投資機会が限られることから、インカムを主体とした安定的なリターンを求める投資先として、不動産は引き続き無視できない。では、不動産ファンドを今後どうみたらよいだろうか。

  • 足もとで、グローバルにみて最も成熟度の高い米国のコア不動産ファンドでは、パフォーマンスの二極化がみられる。一見、どのファンドも地域やセクター配分ベースではあまり大きな違いがなく、上述のセクター別の明暗だけではこの差異を説明するのは難しい。

  • 一方、個別案件ベースで投資の背景を確認していくと社会構造変化を素早く察知できているかという点では各ファンドで状況が異なり、それがパフォーマンスの成否を分けていると感じる。例えば同じオフィスセクターでも、在宅勤務可能な業態がテナントなのか、メディカルラボのような自宅での業務遂行が難しいテナントなのかという点や、デジタルインフラ、コールドチェーン(低温)物流など新たな不動産投資ニーズを捉えているか、といった点である。単にセクター配分だけでなく、個々の物件取得の背景を通して社会構造変化への感度を確認することも不動産ファンドのマネジャー選定において今後ますます重要となろう。まさに不動産ファンドの成否は細部に宿るのである。

ファンド調査部 シニアアナリスト 矢口 徹

PEにおけるインパクト投資
(オル・インvol.59 2021年春号)

  • 社会全体で持続可能な開発目標(SDGs)の達成に向けた取り組みが進みつつあり、ESG投資については機関投資家の間でも検討が始められている。しかし、SDGsの達成にはESGの概念を盛り込む投資だけでは不十分であり、インパクト投資による計測可能な貢献が大きく期待されている。従来インパクト投資は上場株式中心だったが、昨今ではPEにも拡大しており、ハンズオンを行うPEとは相性も良い。そこで今回は、インパクト投資について整理する。

  • インパクト投資とは、金融リターンの追求と同時に、社会的・環境的にポジティブで計測可能なインパクト(事業活動の結果として生じた社会的・環境的な成果)を生み出す ことを意図する投資である。この分野の投資家団体であるGIIN(Global Impact Investing Network)によれば、インパクト投資は4要素にまとめられる。また、寄付やESG投資との違いからインパクト投資の特徴と位置づけが示されている。

  • インパクト投資をESG投資の一部として捉えるケースも多い。しかし、投資判断では、ESG投資はリスク・リターンの2次元で考えるのに対して、インパクト投資はインパクトを加えた3次元評価を行うという違いがある。インパクトの目標設定や、成果をどのように計測するのか、現時点で統一的な指標はない。多くの投資家が目標のガイドラインや指標などとして、国連のSDGsやGIIN提供のIRIS+、IMPなどを使用している。以下に、あるPE運用機関の投資プロセスを一事例として記載する。

  • ①自社でインパクト投資としてフォーカスするテーマを決定。②テーマに併せてSDGsのゴールを設定。③投資候補企業の金融及びインパクトの両要素についてデュー・デ リジェンスを実施。④バリューアップにおいてインパクト要素のKPIを設定。⑤金融リターンの向上とインパクトの達成のためにマネジメントおよびモニタリング。⑥案件のイグジット時にも、インパクト投資のために収集した情報を有効活用。

  • 最後に、PEでインパクト投資を検討する投資家にとって留意するポイントを挙げておく。インパクト投資は成長分野であり、会計制度や金融市場の改革も並行して行われてい るため、制度変更などがリターンに影響を及ぼす可能性がある。加えて、投資対象はエマージング諸国やベンチャー企業といった成熟度に偏りがある可能性が高い。さらに、二酸化炭素の排出量などの測定しやすい内容からスタートしているため、網羅的にインパクト投資を行う仕組みがないという課題がある。以上のことから、十分な情報収集と分散投資を行うためにも、FoPEの利用も検討しながら、インパクト投資のエクスポージャーを持つことも一つの方法であろう。

ファンド調査部 アナリスト 花塚 麻由

多様化するプライベートアセットとデューデリジェンス
(オル・インvol.58 2020年冬号)

  • 2020年初、コロナ危機により金融市場は大きく下落し、プライベートアセット市場は10%前後下落した(1〜3月期、DFCヒアリングによる推定)。それでも国内に提供されるプライベートアセットは増加している。投資家が環境変化による投資機会を捉えているだけでなく、プライベートアセット市場全体が厚みを増し、多様な戦略が提供できるようになったという構造変化も感じる。ここでは、プライベートアセットの多様化と付随するデューデリジェンス方法を再検討する。

  • プライベートアセットは、①キャピタルゲイン目的のプライベートエクイティ、②インカムゲイン目的のインフラ、プライベートデット、不動産、③既存ファンドにディスカウント投資するセカンダリー、④総合投資のFOF、に大別できる。これに対し、最近「投資対象」と「投資手法」の2つの面で変化が起きているように思われる。

  • 投資対象では、長期成長が想定されるデジタル・トランスフォーメーション(DX)、ヘルスケアなどに強いセクター特化戦略への注目がある。インフラでもリモートワークなどのDXで成長期待のあるデジタル資産(データセンター、光ファイバー、基地局)に投資する戦略が出てきた。環境意識の高まりから再生可能エネルギー中心のインフラ戦略も増えている。不動産ではEコマースの成長を受けて物流特化戦略が登場した。

  • 投資手法では、セカンダリーの多様化がある。市場の拡大と投資家によるセカンダリー活用が相まって、インフラ、プライベートデット、不動産のセカンダリー戦略が立ち上がった。また、FOFでも変化が見られる。FOFは分散投資がメリットだが、高報酬、個別案件の見えにくさ、投資進捗の遅さがデメリットである。これに対し、共同投資戦略やプライベートデットFOFは解決策になりうる。共同投資戦略は、運用者は分散するが、投資先は個別企業で透明性が高く、ハンズオンは運用者が行うので低報酬となる。プライベートデットFOFは、セパレートアカウントを利用し、ファンド投資よりも早期の投資進捗を目指す。

  • 以上の事例は、世界的に見ても新しい場合と、海外では存在したが国内では新しい場合がある。再生可能エネルギー、デジタル資産、物流不動産、各種セカンダリー、プライベートデットFOFはグローバルでも新しい。一方、共同投資戦略は海外では古くからあったが、国内では知名度が低かった。

  • 共同投資のように歴史ある戦略なら、通常のデューデリジェンス、つまり運用実績を再現する人材や体制などの評価で対応できる。一方、新戦略や新手法は、市場の前提や戦略の本質的なポジショニングから検討を始める必要がある。デジタル資産なら、市場規模と成長性、案件の割高感、通信会社などの事業会社による投資と比較した優位性などである。

  • インフラや不動産セカンダリーであれば、十分な市場参加者数と案件数、運用チームによる実物資産の評価能力やストラクチャー再構築能力などだ。プライベートデットFOFのようにセパレートアカウントを利用する場合は、案件アロケーションや分散の合理性など、基本方針も重要であろう。

  • プライベートアセットのデューデリジェンスも多様化と工夫が必要な局面に入ったと言えそうだ。

ファンド調査部長 今福 明子

国内バイアウト戦略が企業年金に受け入れられる3つのポイント
(オル・インvol.57 2020年秋号)

  • 1990年後半から始まったとされる国内バイアウト戦略の運用も20年が経った。足元コロナ禍が続く難しい環境においてさらなる市場拡大が試される局面とも言えよう。国内バイアウト戦略の最大の投資機会は、事業承継と大企業のカーブアウトである。事業承継は日本の高齢化社会が抱える深刻な課題であり、大企業のカーブアウトは国内企業の変革に不可欠な課題である。ともに国内バイアウト戦略の果たす役割期待は高い。

  • 国内の企業年金にとってはウィズコロナで低金利が継続し運用難が続くことが予想される。従って、円資産の中で流動性プレミアムに期待した国内バイアウト戦略の投資意義は十分あると考える。しかし、同戦略の企業年金への普及は限定的と言わざるを得ない。

  • 国内バイアウト戦略が企業年金に受け入れられるには、ファンド運用会社(以下、運用会社)からの努力が不可欠であろう。そのポイントについて以下に3点挙げたい。

  • 第1には長期の良好なトラックレコードおよびそれを裏付ける継続した運用力である。運用力においては優秀な人材の継続性が最も重要となる。約20年の歴史を持つ国内バイアウト戦略において世代交代と後継者の育成が課題になりつつある。国内バイアウト戦略は10年に及ぶ投資が一般的であり、運用会社として長期に頑健な運用体制を維持できなければ企業年金が安心して投資できないのも当然であろう。

  • 第2に長期投資家としての企業年金への戦略的な募集金額の配分である。近年では低金利下の運用難を背景として金融機関における国内バイアウト戦略へのニーズが高く、瞬間的に目標とした募集金額に達するということをよく耳にする。巨大な海外投資家による日本市場への興味も募集のスピードを加速させている。一般的に国内の企業年金における意志決定プロセスは時間を要し、かつ頻度も限られている。このような状況では優良なファンドがあっても、企業年金の投資判断とファンドの募集スケジュールを合わせることが難しい。

  • 運用会社の健全な運営の観点からも投資家層の分散は有益であり、企業年金のような長期投資家が投資できるように投資枠を用意するなど配慮していくことも必要であろう。

  • 第3に情報開示の改善である。現状では企業年金自ら国内バイアウト戦略の募集情報を包括的に入手するのは困難である。投資家にタイムリーな募集情報を伝えていく手段に工夫が必要であろう。また、投資後においては企業年金に四半期ごとの運用状況の報告が必要となる場合が多い。国内の企業年金には投資一任会社がゲートキーパーとしてファンドを提供する形が一般的であり、その際には長期に信頼できるゲートキーパーと連携しつつ質の高い情報開示をしていくことが肝要である。

取締役 資産運用コンサルティング本部長 兼 調査本部長 中川 晴

コロナ禍におけるヘッジファンドの投資行動精査の重要性(オル・インvol.56 2020年夏号)

  • 2020年3月は、新型コロナウイルスの世界的な感染拡大による景気減速懸念、原油価格の急落に伴う低格付け債に対する信用不安の増大などを受けて、市場参加者のリスク回避姿勢が強まった。株式や債券など主要な金融市場のボラティリティの急拡大に加え、流動性が大きく枯渇したことで、3月は歴史的なドローダウンを記録したヘッジファンドも散見された。ヘッジファンドの代表的な指数であるEurekahedgeHedge Fund Indexの3月のリターンは6%強のマイナスとなり、単月ではリーマンショック時の2008年9月や10月の各4%強のマイナス幅よりも大きな水準となった。

  • ただし、ヘッジファンドは戦略によって投資ユニバースや運用手法がさまざまであり、2020年3月は二桁のマイナスリターンのファンドもあれば、反対にプラスリターンを達成したファンドも存在する。そのため、マイナス要因を一概に分析することは困難だが、株式をユニバースとするヘッジファンドにおいては、レバレッジ調整に関するミスマッチが要因の一つとして挙げられる。

  • ダウ平均株価が2020年2月中旬の29,000ドルを超える水準から、3月中旬までの約1カ月で19,000ドルを割れる水準へ急速かつ大幅に下落し、同時にVIX指数は2月中旬の15前後から3月中旬には80を超える水準まで急上昇した。VIX指数が50を超えるのはリーマンショック以来のことであり、市場ボラティリティの急激な高まりを受けて、多くのヘッジファンドが3月中旬にかけてレバレッジを急速に縮小させた。複数のファンドが同時にレバレッジを縮小した結果、ポジションのアンワインドによる連鎖的なパフォーマンス悪化に繋がった。

  • また、株価下落局面でのマイナス要因に加えて、中には3月末にかけての急速なリバーサル相場が追い打ちとなったファンドも存在する。ダウ平均株価は3月下旬には22,000ドル超へ反発したが、既にレバレッジを縮小させていたヘッジファンドは、株価反発による恩恵を享受することが出来なかった。3月にレバレッジを調整したファンドは、迅速なリスク管理が仇となり傷口を広げた一方で、レバレッジ調整を行わなかったファンドは月末のリバーサル局面でパフォーマンスを回復する結果となった。

  • では、レバレッジ調整を行わなかった結果、パフォーマンスが劣化しなかったファンドを単純にプラス評価すべきであろうか。ヘッジファンドは結果が全てという側面があるものの、特に2020年3月に関しては、表面的なパフォーマンスの良し悪しだけで、運用能力の巧拙を判断することは拙速であると考える。市場ボラティリティが歴史的な水準まで上昇し、運用リスクが非常に高い環境下でレバレッジを縮小することは、適切なリスク管理の一環と考えることが可能である。その反対に、市場変動があまりにも急速であったため、意思決定が遅れたことでレバレッジ調整を行わなかったケースも考えられる。過去に例を見ない市場環境において、機動的かつ適切なリスク管理が行われたかをチェックすることは、ファンドのパフォーマンス再現性を見極めるための重要な判断材料になると考える。

  • 2020年3月のような特殊な月については、表面的なパフォーマンスの良し悪しだけで判断するのではなく、投資行動の裏側に必要な分析や運用チーム内での十分な議論をベースとした適切な意思決定が存在したかの精査が重要である。

ファンド調査部 シニアアナリスト 堀内 隆史

プライベート・エクイティの真のボラティリティ(オル・インvol.55 2020年春号)

  • 本邦機関投資家の中には、プライベート・エクイティ(以下、PE)ファンドの投資が進み、個別ファンドのパフォーマンスのみならず、ポートフォリオ全体におけるPEの役割について検証を求められる局面に来ている投資家も存在する。

  • 一般にPEのリターンには上場株式に対する流動性プレミアムが存在すると言われている。足元では、PEの投資時点のバリュエーションの高騰も影響し、プレミアムは低下してきているといわれるがまだ魅力があるとして、資金流入が加速している状況にある。実際に投資家の中には、四半期ごとのパフォーマンス変動が小さいことを好感する向きもある。しかし、PEファンドでやむを得ず持分を売却しようとした場合、運用者(以下、GP)から報告されていたNAV通りにはいかないことも多い。これは需給の問題に加えて、GPの裁量によって計算された個別ファンドのNAVと、ある一時点の売買が成立するNAVに差があることに起因する。

  • PEファンドでは時価評価を日々行う必要がなく、GPは長期的な視点に立って四半期のNAVを計算するため、結果的に前四半期のNAVに対して、その増減が緩やかに留まる。この点も影響し、PEの時系列リターンは平滑化(Smoothing)され、前四半期のNAVの影響を強く受けた値が算出されてしまうのである。これを統計の用語では正の自己相関があるといい、観測されるPEのボラティリティは低くなる。この問題を解決するため、PEの時系列リターンデータに対して、簡易的に正の自己相関を排除したデータを基にボラティリティを計算すると、上場株式市場の参考指数として使用したRussell 2000指数のボラティリティに近づく値となった。確かに、上場株式のようにPEの時系列リターンを取り扱えば、ボラティリティは高く計測される。

  • しかし、PEの運用方針に立ち返れば、企業価値の向上を目指した長期的な運用を前提としているため、運用中の短い期間の価値変化を過度に意識する必要性は低いと考える。従って、四半期ごとのボラティリティを上場市場と同様にモニタリングするなどの対応は、PE投資の本来の目的にそぐわない。

  • 一方で、PEの投資配分を決定する際には、表面的なボラティリティのみを考慮するのでは不十分である。投資家は、PE投資を行う際に持切り運用を前提としている。しかし、外部環境の変化などによって、売却の判断が必要となる可能性もある。従って、ポートフォリオ構築の際のPEリスクは、表面的なボラティリティよりも高く見積もる必要があるだろう。

ファンド調査部 アナリスト 花塚 麻由

変化するセカンダリー投資(オル・インvol.54 2019年冬号)

  • 近年、プライベート・エクイティ投資において、セカンダリー戦略が注目を集めている。投資が進捗したファンドの持ち分を購入する戦略で、投資家(以下、LP)のメリットとしては、Jカーブの軽減や分配ペースの速さ、ポートフォリオのブラインドリスクが少ないといった点が挙げられる。セカンダリー戦略を検討する際のポイントは幾つかあるが、最近注目されるポイントの一つとして、「GP主導案件」が挙げられる。これは、シングルファンドの運用会社であるGPが自ら主導してファンドや保有資産の一部を売り出す案件で、セカンダリーファンドが単純なLP持ち分をディスカウントで購入する伝統的案件よりも複雑な取引ではあるが、競争の激しい一般的な入札を回避し、魅力的なリターンを追求できるなどのメリットがある。

  • GP主導案件は、セカンダリー市場の発展により生まれてきた取引とも言える。金融危機直後のセカンダリー市場は、投資銀行などが各種規制で保有困難となったリスク資産をスピンオフするための場という意味合いが強かったが、その後の市場の発展に伴い、売り手・買い手ともに厚い層が形成され、年金などもリバランスのためにセカンダリー取引を活用するようになり、売却資産のバラエティも豊富となった。さらに、ファンドや保有資産に対するLP・GP双方のニーズが多様化したことで、2016年頃からGP主導案件が普及し、2017年にはセカンダリー市場全体の約3割を占めるまでに拡大した。さらに、近年では、プライベート・エクイティだけでなく、不動産やインフラ、クレジットなどへの広がりも見られる。

  • ここ数年のGP主導案件の事例としては、(1)テンダー・オファリング、(2)リストラクチャリング、(3)シングルアセット・セールなどが挙げられる。(1)の取引は、ファンドの満期前に現金化を望むLPに対して、GPがその持ち分を買い取るものである。(2)の取引は、ファンドの投資期間内にIPOなどを目標としたエグジットが実現できない場合、GPがLP持ち分を買い取り、新規ファンドを設定して対象企業を移管し、継続してバリューアップに取り組むものである。(3)の取引は、GPが個別の保有資産をセカンダリーファンドに売却するケースである。この場合、次号ファンドの募集を見据えたGPによる恣意性のある取引でないことを、LPは厳しくチェックする必要がある。

  • 最後に留意点を述べたい。一つは、スキームの複雑化である。近年のGP主導案件は取引内容が複雑化しており、LPはその内容をモニタリングし、リスクに見合う取引かどうかをチェックする必要がある。もう一つは、利益相反である。GP主導案件の中に は、取得ファンドと一緒に次号ファンドの取得も条件として譲渡許可が行われる“ステープル”と呼ばれる取引もあり、この場合、LPは未知のファンドに投資するリスクを負う。LPは、こうしたGPの利益相反リスクにも留意する必要があるだろう。

ファンド調査部 アナリスト 田代 望

国内バイアウトファンドの注意点(オル・インvol.53 2019年秋号)

  • 長期にわたる国内の低金利を背景に、円ベースでの収益機会の追求やリターン源泉の分散が可能となるプライベート・アセット戦略 の一種、国内バイアウトファンドの注目が高まっている。

  • 国内バイアウトファンドは、日本の主に成熟した非上場企業に対し、経営権を取得できる株式比率で投資を行う。手法は大きく2つあり、オーナー企業などの事業承継と大企業の事業部門を切り出すカーブアウトである。リスク・リターンは、プライベート・アセットとしては中程度(グロスIRRで20 ~30%)に位置する。

  • 国内バイアウトファンドの主なリスクは3点挙げられる。

  • 1点目は流動性リスクである。ファンド期間が10年程度と長く、原則として解約はできない。これはプライベート・アセット戦略全体が包含する構造的なリスクといえる。

  • 2点目は経済の悪化による投資先の業績悪化リスクである。これは、景気に連動するマクロ的なリスクといえる。

  • 3点目はバイアウト市場の活況に関わるリスクである。これは、バイアウト市場に資金が流入することで投資先企業の価格が押し上げられるバリュエーションのリスクと言い換えることができる。足元でもっとも注意すべきリスクである。

  • バリュエーションのリスクを2006~ 2008年のリーマン・ショック前と比較してみよう。当時もバイアウト市場には資金が流入し、投資価格が上昇した。加えて、リーマン・ショック後の景気悪化も相まって、多くのファンドのパフォーマンスは悪化し、対応に苦慮するケースもみられた。

  • 足元の国内バイアウト市場の活況度について確認すると、投資バリュエーションでは、一般的に投資の目安とされるEV/EBITDAマルチプルで7倍を超える案件が出てきている。ファンド募集金額は2018年に5000億円超、すでに2006 ~ 2008年の水準に達している。また、2018年のバイアウト取引金額は約2.6兆円、取引件数は100件超と2006 ~ 2008年の水準を既に超過している。バイアウト市場には過熱感が出てきているといってよい。

  • こうした環境下では、各ファンドのトラックレコードや投資方針と実際の投資案件の整合性、過去の投資案件の投資バリュエーションやバリューアップからイグジットまでのストーリーを丁寧に確認することが必要である。その上で、合理的もしくは割安な水準で投資を行うことができるファンド、高度なバリューアップを行う能力のあるファンドを選別することが重要となる。過熱感のある環境で、相対的なリスクを低減し、良好なパフォーマンスを獲得する可能性のある国内バイアウトファンドを選別するためには、こうした詳細なデューデリジェンスは必要不可欠である。

ファンド調査部 アナリスト 邨上 大貴

国内メザニンファンドの選定ポイント(オル・インvol.52 2019年夏号)

  • 長期にわたる国内の低金利から、インカム戦略の重要性が高まっている。単純なインカムは海外の方が高いが、ヘッジコストや、為替などのリスクがある。そのため、国内インカム戦略に資金が流入している。国内インカム戦略のなかでも、従来から地域金融機関中心に人気が高く、企業年金にも浸透しつつある国内メザニンファンドに注目したい。

  • メザニンは主に優先株や劣後ローン、劣後債の形態で行われ、大きく分けて資本増強や成長資金調達などに使われるコーポレート・メザニンと企業買収時の資金調達などに使われるバイアウト・メザニンがある。近年は、上場企業の資本効率化や中小企業の事業承継難といった流れを受けて、バイアウト・メザニンの比率が高まっている。

  • メザニンは資本構造上ローンと株式の中間にあるため、メザニンファンドのリスク/リターンは、ミドルリスク・ミドルリターンといわれている。メザニンファンドに投資するメリットとしては、金利収入があることや、新株引受権などを投資条件に加えることで10~12%程度のリターンが期待できることである。

  • 一方で、デメリットとしては、投資期間が10年とプライベート・エクイティ(以下、PE)と同程度に長く途中解約できないことや、可能性は低いものの投資案件に発生するデフォルトである。メザニンファンドの運用はリーマン・ショック前から行われているが、当社が把握している範囲ではマイナスのリターンのファンドはほとんどなく、現在運用中のファンドについても概ね順調な運用経過にある。投資期間は長いが、投資の回収の進捗次第で予定より早期の回収となる。また、投資残高に応じた金利収入がもたらされることから、必ずしも投資期間が長いことはデメリットではないとみている。

  • 国内メザニンファンドを専業とする運用会社は5社でそれぞれ特徴があり、以下の点が重要と考えている。長期にわたる投資であることから、過去の実績や運用チームの安定性は重要なポイントとなる。また、過去に、投資先企業にデフォルトが発生して低リターンとなった事例もあることから、投資案件の取得ルートや投資条件や投資期間、そしてもちろんパフォーマンスも大切であろう。

  • 特に、投資条件の設定からは、バイアウトファンドや投資先企業との交渉力など、運用会社の力量が見えてくる。足下では、PEによるエクイティ投資に過熱化の兆候が見られることから、投資案件の選別に規律のあることが大事である。さらに、パイプラインや投資の進捗状況は、IRRやJカーブの深さにも関わってくることから、事前に確認しておき たい。

  • 国内メザニンファンドはこれまで難しい環境を乗り越えて、概ね魅力的なリターンを提供してきた。ここに来てバイアウトファンドが相次いで設定されるなど、メザニンファンドの投資機会は広がってきており、魅力的な投資対象と言える。国内メザニンファンドはインカム戦略のなかで有力な選択肢の一つとして検討することができよう。

ファンド調査部 シニアアナリスト 高岡 亮治

日本株ロングショート戦略の再検討(オル・インvol.51 2019年春号)

  • 2018年度の日本株ロングショート戦略(以下、日本株LS戦略)のパフォーマンスは全般的にさえず、ユーリカヘッジの日本株ロングショート・ヘッジファンド指数(以下、日本株LS指数)の2018年4~11月リターンは5%強のマイナスとなった。パフォーマンス不振の要因はいくつか考えられるが、特に2018年10~11月の日本株LS指数が4%弱のマイナスとなり、この2カ月間でパフォーマンスが急速に悪化したファンドが多い点に注目する。

  • 多くの投資家が類似の投資行動をとることをハーディングと呼び、投資家が群がって混雑した銘柄をハーディング銘柄と呼ぶ。10~11月の短期間に急速なハーディング解消が発生したことが、パフォーマンス悪化要因の一つと考えられる。この時期は、米国中間選挙、米中貿易摩擦、世界的な景気減速懸念、企業決算発表シーズン、など複数の不安要素が集中したため、複数のファンドでリ スク抑制を目的としたグロス・エクスポージャーの縮小が行われた。例えば、ロングサイドのエクスポージャーを縮小させるということは、保有する「ファンダメンタルズが良好で、バリュエーションが割安な銘柄」を売却することであり、本来は株価上昇が期待できる、多くの投資家が保有する銘柄の株価を下落させることに繋がる。エクスポージャー縮小のために、複数のファンドがハーディング銘柄を売却したことで、連鎖的なパフォーマンス悪化に繋がったと考えられる。

  • グローバル景気のピークアウト感が強まり、株式市場の上値余地が乏しい環境であるからこそ、絶対リターンを追求する日本株LS戦略への期待値は大きかった。10~11月のようなファンダメンタルズが機能しにくい相場局面は、日本株LS戦略の運用スタイルにそぐわない難しい環境ではあるものの、絶対リターンが期待される当戦略にとって、マイナスリターンは甘受できる結果ではない。期待が大きかった分だけ、マイナスリターンへの失望も想定される。それでも、日本株LS戦略の存在意義は失われていないと考える。数年にわたるグローバルな景気拡大局面が一服し、今後は景気後退局面も意識する必要があり、ロングオンリー戦略では相場下落によるマイナスリターンが懸念される。

  • 一方で、ベータリスクを抑制した絶対リターン型のLS戦略は、相場下落局面でもプラスリターンの確保が可能であり、相対的な優位性が高まっていると考える。

  • 実際に、弊社カバーファンド内では2018年度に5%以上のプラスリターンを実現したファンドも存在する。そのため、ファンド選定においては、投資ホライズンやバリュエーション判断、ウェイト配分方法などの運用スタイルをあらかじめ確認し、どの ような相場でプラス・マイナスのリターンとなるファンドであるかを理解しておく必要がある。

  • また、2018年度のリターン格差は運用スタイルに加えて、運用能力も大きく起因しているため、日本株LS戦略をひとくくりにして考えるのではなく、運用者や運用チームなど個々の運用能力を精査し、適切なファンドを選択することが重要である。

ファンド調査部 シニアアナリスト 堀内 隆史


当資料について
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・記載されている内容、数値、図表、意見等は当資料作成時点のものであり、今後予告なく変更されることがあります。
・運用実績等は参考とする目的で過去の実績および結果を示したものであり、将来の成果を示唆・保証するものではありません。
・ファンドおよび運用会社の推奨・格付け・投資勧誘を目的としたものではありません。


    手数料等およびリスクについて
  1. ●お客様から当社が受領する報酬額は、投資一任契約に係る運用する資産または投資顧問契約におけるご提供するサービス内容、投資顧問契約に基づき当社が分析する運用機関の会社数、分析対象の運用資産の種類等によりお客様と個別に協議させていただいた上、決定いたします。また、お客様のご依頼により遠隔地に出張する場合、出張旅費等の実費を投資一任契約または投資顧問契約に基づきご請求させていただくことがあります。この場合、その他費用等の総額を事前に明示することはできません。

  2. ●その他の費用として、投資一任契約に係る投資対象については、管理報酬、成功報酬、監査費用、弁護士費用等が別途発生し、間接的にお客様の負担となります。なお、これら「その他の費用」についての金額、上限額および計算方法については、投資対象によって異なりますので、ここで表示することはできません。また、お客様と信託銀行との間の信託契約に基づく信託報酬および諸費用が発生しますが、信託銀行が決定するため、その料率や上限額を表示することはできません。詳細につきましては、信託銀行にお問い合わせください。

  3. ●投資一任契約または投資顧問契約により運用または助言する有価証券等についてのリスクは、次のとおりです。
    1. ・金利水準、為替相場、株式相場、不動産相場、商品相場、その他の指標等の変動、有価証券等の発行者の経営・財務状況の変化等に伴い、当該有価証券等の市場価格が変動し、また、その支払いを受けられなくなることがあるため、投資元本を割り込んだり、その全額を失うことがあります。
    2. ・さらに、信用取引や有価証券関連デリバティブ取引を用いる場合においては、委託した証拠金を担保として、証拠金を上回る多額の取引を行うことがありますので、上記の要因により生じた損失の額が証拠金の額を上回る(元本超過額が生じる)ことがあります。

    当社とのお取引に際しては、必ず契約締結前書面等をよくお読みになり、お客様のご判断と責任に基づいてご契約ください。